早瀬久美 (薬剤師)cats Yd QL d Zzzeoft
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はやせ くみ 早瀬 久美 | |
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生誕 |
後藤 久美 1975年4月25日(44歳) 大分県宇佐市 |
住居 | 神奈川県横浜市(2017年時点[1]) |
国籍 | 日本 |
出身校 | 明治薬科大学 |
職業 | 薬剤師 |
活動期間 | 1998年 - |
配偶者 | 早瀬憲太郎 |
受賞 |
東京都民スポーツ大賞(2013年) 横浜市スポーツ栄誉賞(2017年) |
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個人情報 | ||||||||||||
生年月日 | 1975年4月25日(44歳) | |||||||||||
国籍 | 日本 | |||||||||||
チーム情報 | ||||||||||||
所属 | 神奈川県聴覚障害者連盟[1] | |||||||||||
分野 | マウンテンバイク、クロスカントリー | |||||||||||
役割 | 選手兼スタッフ[1] | |||||||||||
グランツール最高成績 | ||||||||||||
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最終更新日 2017年10月9日 |
早瀬 久美(はやせ くみ、1975年〈昭和50年〉4月25日[4] - )は、日本の薬剤師。夫は教育者・映像作家の早瀬憲太郎。夫同様に聴覚障害者(ろう者)であり、聴覚障害者として日本で初めて薬剤師免許を取得した人物として話題となった[5][6]。デフリンピック2大会連続の銅メダリストでもある[7]。戸籍上の正式な姓表記は早瀨だが、「瀨」が機種依存文字という事情もあり、早瀬表記が多く用いられる[8]。旧姓は後藤[9]。大分県宇佐市出身[4][5]、明治薬科大学卒業[10]。
目次
- 1 経歴
- 2 メディア
- 3 脚注
- 4 外部リンク
経歴[編集]
母の実家のある大分県宇佐市内で誕生。もとの住居である岡山県倉敷市で育つ内に、先天性難聴が発覚した[4]。特別支援学校幼稚部で発音の仕方を学び、小学校から高等学校まで千葉県の普通学校へ通学[11]。母親が薬剤師だったことから、自らも薬剤師を志して薬科大学に進学し[6]、要約筆記により勉強を続けた[12]。
1998年(平成10年)に薬剤師国家試験に合格し、大正製薬に入社した[13]。翌1999年(平成11年)に当時の厚生省に薬剤師免許を申請したが[13]、聴覚障害者には免許を与えないとする薬剤師法の欠格条項を根拠として、申請を却下された[14]。その後、パソコンの知識を生かした仕事として、メールによる薬の相談などを担当しつつ[14]、障害の有無で一律に免許や資格を制限する不条理さを集会などで伝え続け[15]、220万人以上の署名を集めた[9]。2001年(平成13年)、薬剤師法改正による先述の条項の緩和を受けて免許を交付され、聴覚障害を持つ薬剤師免許取得者の第1号となった[14]。また同年、大学時代に障害者団体の活動で知り合った早瀬憲太郎と結婚した[5]。
2009年(平成21年)、夫の開く聴覚障害者向けの学習塾の生徒たちがデフリンピックに出場したことに触発され、夫と共にデフリンピックへの出場を決意。趣味であった自転車の特訓の末、ソフィア(ブルガリア)での2013年夏季デフリンピックに出場し、マウンテンバイク女子で銅メダルを獲得した[2][16]。4年後のサムスン(トルコ)での2017年夏季デフリンピックでは日本選手団の主将を務め、マウンテンバイク女子クロスカントリー・オリンピックで、2大会連続となる銅メダルを獲得した[3][7]。この功績により2013年(平成25年)に東京都民スポーツ大賞[2]、2017年(平成29年)横浜市スポーツ栄誉賞を受賞した[3]。
2017年時点では東京都品川区の昭和大学病院に薬剤師として勤務し[16]、調剤のほか、聴覚障害者外来を担当している[17]。またドーピングの専門家であるスポーツファーマシストの資格も持っており、デフリンピックでは2009年大会から日本選手団の医薬品管理も担当している[7]。
著作物に、自身の半生を綴った『こころの耳 伝えたい。だからあきらめない。』(ISBN 978-4-06-212537-6)のほか、編書に『手話で学ぶクスリの教科書』(ISBN 978-4-8408-1144-6)、雑誌記事に『エッセイ わたしがめざす薬剤師像』(NAID 40003663269)などがある。
メディア[編集]
聴覚障害者として薬剤師免許を取得したことは当時、『TXNニュースアイ』(テレビ東京)の「念願の免許交付〜薬剤師免許交付 : 聴覚障害乗り越え〜」、『筑紫哲也 NEWS23』(TBS系列)の「聴覚障害者女性、薬剤師免許交付」など、各局の報道番組で報じられた[14]。報道以外の番組では2002年(平成14年)の『DoCoMo10周年記念スペシャル 情熱メッセージ「つ・た・え・た・い」[14]』(フジテレビ)、2006年(平成18年)の『奇跡体験!アンビリバボー[18]』(同)などで取り上げられた。また2005年(平成17年)にはトーク番組『徹子の部屋』(テレビ朝日)に早瀬が出演した[12]。
2009年には、早瀬憲太郎が監督を務める全日本ろうあ連盟結成60周年記念映画『ゆずり葉-君もまた次のきみへ-』において、早瀬をモデルとした女性・三井尚美の役を、ろう女優の貴田みどりが演じた[19]。
脚注[編集]
- ^ a b c “日本選手団名簿”. 第23回夏季デフリンピック競技大会サムスン2017 (2017年). 2017年10月9日閲覧。
- ^ a b c “デフリンピックメダリストを表彰!「都民スポーツ大賞 表彰式」” (プレスリリース), 東京都, (2013年8月30日)2017年10月9日閲覧。
- ^ a b c “第23回夏季デフリンピック競技大会に係る「横浜市スポーツ栄誉賞」の贈呈”. ハマスポ. 横浜市体育協会 (2017年9月3日). 2017年10月9日閲覧。
- ^ a b c 早瀨久美『こころの耳 伝えたい。だからあきらめない。』講談社、2004年7月17日、28頁。ISBN 978-4-06-212537-6。
- ^ a b c “聴覚障害者として初めて薬剤師免許を取った早瀬久美さん”. 神戸新聞 朝刊 (神戸新聞社): p. 2. (2001年7月20日)
- ^ a b “改正薬剤師法が「夢」実現 聴覚障害の女性、晴れて免許”. 読売新聞 東京夕刊 (読売新聞社): p. 18. (2001年7月17日)
- ^ a b c “デフリンピック2017サムスン大会で日本選手団の主将を務めた早瀨久美さん”. タウンニュース (タウンニュース社). (2017年9月7日)2017年10月9日閲覧。
- ^ 早瀬憲太郎・早瀬久美オフィシャルブログ「こんなとこで…のコト。」より(2017年10月9日閲覧)
- ^ a b 板倉宏予 (2012年3月). “Medical Movies Monologues: 医療映画・ドラマの呟き”. 北海道薬科大学. 2017年10月9日閲覧。
- ^ 早瀬 2004, p. 221.
- ^ 小林篤子 (2001年8月1日). “聴覚障害者として初めて薬剤師免許を交付された 早瀬久美さん”. 読売新聞 東京朝刊: p. 2
- ^ a b “番組案内”. 中日新聞 朝刊 (中日新聞社): p. 14. (2005年1月11日)
- ^ a b 長尾真 (2001年7月17日). “聴覚障害女性に薬剤師免許「欠格条項」見直し後、初 - 東京の早瀬久美さん”. 毎日新聞 東京夕刊 (毎日新聞社): p. 9
- ^ a b c d e “早瀬久美”. 生存学研究センター (2004年8月6日). 2017年10月9日閲覧。
- ^ “聞こえない薬剤師、申請3年後の免許 欠格条項見直しで厚労省”. 朝日新聞 東京夕刊 (朝日新聞社): p. 14. (2001年7月10日)
- ^ a b “薬剤師の早瀨久美さんがデフリンピックに出場します”. 昭和大学 (2017年7月5日). 2017年10月9日閲覧。
- ^ “聴覚障害初の薬剤師 あす飯田で講演会”. 読売新聞 東京朝刊: p. 26. (2013年11月23日)
- ^ “報道のindex”. 障害者欠格条項をなくす会. 2017年10月9日閲覧。
- ^ 「クローズアップ ゆずり葉」『クローバー 障がい者のための就職情報誌』第19号、ジェイ・ブロード、2009年9月、 58-59頁、 NCID AA12577146。
外部リンク[編集]
- 早瀬憲太郎&早瀬久美blog